2014年5月6日火曜日

宮崎進展「立ちのぼる生命(いのち)・・・


いい天気に誘われるように、初夏の海辺に吟行・・葉山「日影茶屋」、葉山マリーナ、神奈川県立近代美術館を歩く。ゴールデンウイークというのを頭に入れていなかったので、バスは交通渋滞でノロノロ・・。
海岸通りを、ヨットや海辺の人たちを眺めながら、一色海岸沿いに歩くが、道路が狭く、車の排気ガスには少し閉口した。
それでも、神奈川県立美術館葉山は、建物も海岸につながる庭もよかった。
何より宮崎進展は、愚生にとっては、山口県生まれの画家という故郷つながりのみといういい加減なものだったが、宮崎進のシベリアのものには、同郷の香月泰男を重ね合わせて観てしまった。
白の色、黒の色も香月泰男を思い出させたし、さらにその迫力は麻布を使用した独特なもので、或いはブロンズなどの大作も含めて香月に劣らず匹敵していた。
宮崎進は、1922年生まれで、42年応召、敗戦により俘虜としてシベリアに抑留、49年に帰国という境涯においては、香月と似ている。現在もなお92歳で現役健在である。
宮崎進『鳥のようにーシベリア 記憶の大地』(岩波書店)には、石膏や油土の像の写真のページには、次のような言葉が記されている。

     二十代の戦争と俘虜体験は私の内部に強烈に刻まれ、原点として深い影を落としている   
    シベリアで見た人間の残像は、今も心に焼き付いている。

     私にとっての「戦争とは何か」という問いは、「人間にとって戦争とは何か」という思いに    
    変わり、そのことを離れて仕事をすることはなくなっていった。

   
    かつて私は虜囚として鎖され、歴史の狭間に翻弄された。この鳥でもない、人でもないボ
   ロボロの姿は、私の化身のように、大地に突き刺す十字架のように、立ちはだかっていたい    
   という望みの現れである。

というフレーズが、木、麻布、石膏で作られた像「鳥のように」(2001)の作品にはコメントされている。昨今のロシアに駄句献上!

    漂うになみだの鳥のウクライナ     恒行



 

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