2017年2月20日月曜日

ふけとしこ「椿が赤いぼくが火傷をさせたんだ」(『ヨットと横顔』)・・



ふけとしこ『ヨットと横顔』(創風社出版)はエッセーと俳句の本だ。坪内稔典の帯文にある、

 彼女の特色は草花が大好きなこと。少女時代から草花と共に生きてきた人なのだ。

と言う通り、そのエッセーには、愚生などは到底およばない観察眼が働いている。ところで、ブログタイトルの句だが、どこかで聞いたことがあるようなと思い、記憶を呼び戻し、坪内稔典が毎号、檄を飛ばしていた「現代俳句」に行き着いた。特集は「同時代の散文」、愚生も背伸びをして中上健次論を書いていたのでとっておいた「現代俳句」第6集(南方社、1979年10月発行)の帯であった。
それには、
 
  定型に日が射し秋の風が吹く 火傷しそうな君に会いたい

とあった。たぶん、ふけとしこはそれを知っていたのだろう。

「船団」第84号の変身特集。全員何かに変身して短文を書き、一句を添えよ、という無茶ぶりである。

と「わたしの十句」に記している。そのエッセーには、「美しいと思う。けれども、私が好きなのはやはり、赤い藪椿の花である」と結ばれてはいるが、文面には出てこないものの、きっと坪内稔典に挨拶しているのである、と思いたい。なにしろ、「現代俳句」は坪内稔典が編集した、当時の俳句の新世代を、文字通り牽引していた雑誌であり、「俳句研究」でも「俳句」でもなく、総合誌には相手にされなくても、自分たちで自分たちの句を発表し、批評し、俳句のシーンを変えて行こうと試み続けた場をめざした雑誌だった(各地でシンポジウムもやった)。その在り様は「船団」の船出のときのものでもあった。
ふけとしこ(1946年、岡山県生まれ)の略歴をみて、市村究一郎に師事し「カリヨン」入会、「カリヨン賞受賞」とあった。じつは、いま愚生が勤務している府中グリーン・プラザの会議室で「カリヨンの会」「カリヨン〇〇」などの「カリヨン」の名が付く借主の団体がいくつかある。当初、なぜだろうと不思議に思ったのだ。それらの会は、市村究一郎の死後、雑誌は廃刊されたが、いくつかのグループに分かれて、いまも句会をされているのだった。
ともあれ、エッセイ中、もっとも印象に残った言葉は、

 俳句は言葉でできるもの。対象を如何に納得できる言葉に置き換えることができるか、にかかっているのだ。安易に妥協をせず、耐えて自分の言葉を持つ姿勢に。

である。そして、いくつかの句を以下に挙げておきたい。

  舌といふ隠れ上手を桃の花      としこ
  葛の花顔を濡らしたまま歩き  
  明礬(みょうばん)の少しを量る冬あたたか
  オリオンの腕を上げては星放つ
  マフラーを投げればかかりさうな虹




  

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