2017年10月1日日曜日

日高玲「夜のひまわり液体爆弾壜の中」(『短編集』)・・


 
 日高玲第一句集『短編集』(ふらんす堂)、序句・序文「手法の自由さ」、ともに金子兜太の色紙、直筆原稿を写真にして掲載してある。序句は、

   小鳥来る巨岩に一粒のことば    兜太

跋文は安西篤「日高玲句集『短編集』評-独自の方法と多彩な映像」。その跋に「スケールの大きい知的形象力で勝負する本格派」と記している。そして、

 全体は十章によって構成されているが、(中略)さらに各章は、ほぼ七句編成となっていて、十章で三十五の短編があり、全体は二百四十七句で構成されている。ここに『短編集』の所以がある。(中略)こうした工夫は、日高の連句出身の経歴と無縁ではない。一編七句の短編によって、連句的手法の展開を図っているのだ。

とある。よって「短編集」の項、単独一句ではなく七句を以下に挙げる。

  皺の眼みせて湖あり涼新た          
  木の葉髪夜明けの湖むらさきに
  九条葱姉はそろりと雨戸引く
  餅菓子屋翁顔なり枇杷の花
  お元日猫を老い抜く尼二人
  お降りや短編集に恋の小屋
  喉通る七草粥の緑かな

いかがだろうか。それを金子兜太は「連句と俳句に親しんでいたのである。そして、付合いの手法を一句の句作りにも活用して、独特な俳句の世界を築いてもいたのだ」と序に言う。そして、また、安西篤は跋の結びに、

 寝物語に犀の生き死に無月なり
 まんさく咲くひとを去らせて素となりぬ

この二句の間に、夫の死があった。「寝物語」には、生前の夫像があるが、「生き死に」は、「犀」という場(景)のものであった。ところが「まんさく咲く」に到るや、「去らせ」た「ひと」とは「夫」、つまり二人称のものになる。夫に死なれて、にわかに一人称たる自己は「素」なるもの、無地な白そのものとなったという。それは「まんさく咲く」映像にも通い合う。
 
と記している。ともあれ、本集よりいくつかの句を取り出しておこう。

  鳥類学者シャツに氷河の匂いして
  アパートの死角真白し花八手
  夕立を待つベネチアの硝子吹き
  蛇はまだ寝てはいるまい摩尼車
  無色とは肺の澄むこと春鴉

日高玲(ひだか・れい)1951年、東京生まれ。



0 件のコメント:

コメントを投稿